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私はなぜ本屋になったのか?  ある一瞬を夢見て――  西沢書店社長 西澤保佑


 一冊の本との出合いが、その人の人生を大きく変えることがあります。
「あの本と巡り合わなければ、この職業を選んでいなかった」「あの本がなければ、このような生き方をしていない」という人は想像以上に多いものです。
 極端な場合は、生きることに迷い、絶望し、死への誘惑に絡めとられそうになっていたとき「な〜んだ、こんなふうに考えればいいんだ」と軽やかにピンチから脱出できたり、小説の主人公の生き方に共鳴して「私は、これほど真剣に考えてもいなかったし、苦労もしていない」と気付かされ、生きる勇気を与えられることもあるかもしれません。
 混乱していた考え方、ものの見方が一冊の本によってガラリと音を立てるように変えられる。目の前を覆っていた深い霧がさっと消え、すっきりと前が見通せるようになる。これほどの興奮はありません。
 これまでバラバラだった知識に、ある道筋が与えられたり、なんだかすんなりと理解することができるような気になったりする。長い夜から解放されて、一筋の光が見え、それが次第に溢れんばかりの光に満ちる。それはまるで、この世界から祝福されているかのような歓びといえるでしょう。
 本は、人生の方向や指針を与えてくれるばかりではありません。読書する愉しさそのものを体験させてもくれます。普通なら出会うことさえ不可能な出来事や人物に、時空を超えて遭遇したり、それに共感すことも可能です。同時代の人はもちろん、古代人とも、歴史上の人物とも、あるいは未来人とも会話することが許されているのです。
 私はなぜ本屋になったのか、よく自分に問いかけることがあります。なぜ、他の商売ではなく本屋でなければならないのか? しかし、その答えはいつもあやふやで、とりとめのないものばかり。なさけない話ですが、目の前の本屋としての雑事にまぎれて、自問していたことさえ、忘れてしまうことも少なくありません。
 ただ、確実にいえることがあります。多くの人にとって本は、とても素敵な友人であり、先輩であり、先生であり、ある人にとっては恋人や伴侶そのものだということ。
 だからこそ、私は本屋として何ができるのかを問い続けることができるのです。ただ、いつも曖昧ながらも、その答えの根本にあるのは、みなさまとともに「本」を媒介としてさまざまなことを考え続けることができるということ。これこそが私にとっての最大の幸福なのです。
 何年か、あるいは何十年か経ったのちに、私どものスペースから、何気なく手にした一冊が、あなたの人生をより豊かで心地良い刺激に満ちたものにしていたとしたら。そして、本棚から最初に手にしたその一瞬の映像が、記憶のスクリーンに鮮明によみがえるとしたら、これ以上の喜びはありません。これは、私の夢そのものです。
 あなたと本との出合いが、素敵なものでありますように……。そして、それを影から応援できるかも知れない予感に、私はいまから心が震えています。

                                 店主敬白